Lucas/Rapping[1970]モデル

現代マクロ経済学

Lucas/Rappingモデルを簡単に説明するために、

現代マクロ経済学
マクロ経済の新古典派化
1.序論
P5-6

を引用し、わたくしの解釈を付け加えてみました。

Lucas/Pappingモデルが非常にコンパクトにまとめてあります。

以下が、引用した原文です。

適応型期待形成(adaptive expectations)が仮定されている.

ここでは代表的な例としてLucas/Rapping[1970]をとり上げ,モデルを簡単化して説明しよう.
家計による労働供給行動を考える.
家計の労働供給量は,「今期」と「来期」にわたる「実質賃金」すなわち

\[ c \frac{W}{P} + \frac{1-c}{1+γ} \frac{ W}{P(1+Π)}  (1) \]

の増加関数であると仮定する.

ここでW,Pは今期の名目賃金,物価水準である.

労働者は今期受け取った賃金Wのうちc(1<c<1)は今期,1-cは来期,財の購入に充てる.

γ,Πは実質利子率および物価水準の期待変化率である.

(1)式第2項の分母にあるP(1+Π)は,来期の物価水準であることに注意したい.

簡単のために実質利子率γは一定であるとする.

賃金・物価水準が変わらなければΠはゼロだからc,γを所与として労働供給は「今期」の実質賃金W/Pのみの単純な増加関数となる.

そうした状態から出発してt期に突然WとPが同じ率で上昇したとしよう.

\( \frac{W}{P} \)は変化しない.

しかし来期の物価がどのようになるかという期待\( P^e_{t+1}\) は今期における\(P_t\)の変化によって変わる.

ここでは期待が適応的に形成されるとする.

\[ \log P^e_{t+1}\\
= \log P^e_t + λ( \log P_t – \log P^e_t ) \\
= λ \log P_t + (1-λ) \log P^e_t  \\(0<λ<1)  (2) \]

変化が起きる前t-1期まではPは\(P_{t-1}\)の水準で安定していたから\(P^e_t=P_{t-1}\)である.

t期に突然Pが上昇する( \(P_t>P_{t-1}\) )と,適応型期待形成の下では(2)からわかるように \(P^e_{t+1}\) は部分的にしか調整されない.

つまり \(P^e_{t+1}\) は \(P_t\)と\(P_{t-1}\) の平均だから \( P^e_{t+1}<P_t\) となる.

したがって物価の期待変化率Πはそれまでのゼロから負になる.

この時(1)の値はたとえW/Pが変わらなかったとしても前より大きくなる.

いいかえれば「今期」の実質賃金W/Pの増加関数として表された労働の供給関数が,全体として「右方」にシフトするのである.

こうしてW,Pの予期しないインフレーションは雇用の増加をもたらす.

以上Lucas/Rappingモデルを簡略化して説明した.

このモデルでは名目賃金Wが上昇したとき,「今期」の購買力はPも比例的に上昇するため変わらない.

しかし労働者は来期に物価が下落すると予想する.

したがって賃金の一部を来期財の購入に充てるかぎり,2期間を通しての購買力は増大する.
こうして労働の供給量・雇用量,ひいては産出量が増大する.

Lucas/Rappingのストーリーは,それ自体としてはあまり説得的とはいえない.
しかしその点はともかく上記論文集に収められた論文は,いずれも予期しないインフレーションが雇用量・産出量の増大を「一時的」に生み出すメカニズムを分析している.

Lucas/Rappingの論文は,この論文集のスピリットを代表するものといえる.

とりあえず、該当箇所を引用しました。

次に、ここに書かれている事がどんなことなのか、具体例を通して理解を深め、そしてその内容を吟味していきたいと思います。

適応型期待形成

適応型期待形成(adaptive expectations)が仮定されている.

この本(現代マクロ経済学)で取り上げている論文は、この大前提が仮定されているということです。

このあと、随時「期待」という用語がでてきますが、これは「予想」もしくは「予測」と読み替えてもよいかと思います。

むしろ、その方が私的にはしっくりきます。

具体的には、来期の予測を(2)の式で表すというのが期待形成の仮定となっています。

期について

(t-1)期、t期、(t+1)期

1期のスパンもいろいろあるのでしょうが、ここでは説明簡素化の目的で1期を1年と決め、
(t-1)期のことを昨年、t期を今年、(t+1)期を来年と読み替えても本質はかわりません。その方が実感がわき、用語や式も簡素化されます。

変数の添え字が(t-1)となっているのは、過去すなわち去年の事だと考えます。

添え字がtとなっているのは、今年の数値を表していると考えます。

添え字が(t+1)となっているのは、来年すなわち未来の数値と考えます。

実質賃金

まずは、実質賃金と名目賃金と同じ賃金でも二つの賃金を区別していることに注目しなければなりません。

名目賃金とは、実際に受け取る賃金の額の事です。

W:実質賃金

P:物価水準

物価の上で補正した賃金が実質賃金といえます。

今期と来期の2期にわたる実質賃金の定義は、下記の式となっています。

\[ c \frac{W}{P} + \frac{1-c}{1+γ} \frac{W}{P(1+Π)} \]

\( \frac{W}{P} \)の部分が「今期の実質賃金」

\( \frac{1}{1+γ} \frac{ W}{P(1+Π)} \)の部分が「来期の実質賃金」をちょっと変化させた部分

で、それをc:(1-c)の重みづけ平均したものが「2期にわたる実質賃金」を表す式になっています。

労働供給量

なにげに労働供給量についても触れられています。

労働供給量は、この実質賃金の増加関数で定義されているのです。

増加関数にもいろいろありますが、実質賃金が増えれば、その分労働供給量も増えるという前提が仮定されています。

これは、実質賃金が上がったら、働く人(時間)が増えるということになりますが、逆にいうと、実質賃金が下がれば労働しなくなるという事を前提としているとも受け取れます。

記号まとめ

\(W\):名目賃金(期によって変化するので添字で区別する)

\(P\):物価水準(期によって変化するので添え字で区別する)

\(P_{t-1}\):前期(昨年)の物価水準

\(P_{t}\):今期(今年)の物価水準

\(P_{t+1}\):来期(来年)の物価水準(来年にならないとわからない)

\(P^e_{t-1}\):前期(昨年)の物価水準の期待(前々期に予測ししている)

\(P^e_{t}\):今期(今年)の物価水準の期待(前期に予測している)

\(P^e_{t+1}\):来期(来年)の物価水準の期待(今期予測した来年の物価水準)

\(γ\):実質利子率(ここでは期によって変化しない固定値とする)

\(Π\):物価水準の期待変化率

\(c\):今期に割り当てる財の割合、(1-c)は来期に割り当てる(0<c<1)

\(λ\):来期の物価水準を適応型期待形成で予測するときのパラメータ(0<λ<1)

期待(予測値)は前の期に設定されることに注意しておきます。

物価水準の予測と実際の値の違いが\(Π\)です。

式で表すと

\[ Π=\frac{P^e-P}{P} \\ =\frac{P^e}{P}-1\]

となります。

Πは、物価水準が予測通りだとゼロ、予測が低かったらマイナス、予測が高かったらプラスの値をとります。

Πは期によって変わるので、添字が必要だと思いますが、テキストでは省略されています。

上記の式を変形すると、

\[ P_{t+1}=(1+Π) P_t \]

となります。

「(1)式第2項の分母にあるP(1+Π)は,来期の物価水準であることに注意したい.」と注意書きされているのは、この事でしょうが、正確には、来期の物価水準の期待(予測値)ではないでしょうか?来期のことは来期にならないとわからないはずなので。

実質賃金を維持したインフレーション

さて、記号の説明が終わりました。

ここからは、今期、名目賃金、物価水準が突然上昇した場合に来期どうなるかを具体的な例を用いてシミュレーションしてみます。

具体的な例として下記の値を設定しました。

前期の状態

名目賃金:\(W_{t-1}=10000\)

物価水準:\(P_{t-1}=400\)

実質賃金:\(W/P=10000/400=25\)

各種定数:\(c=0.5、γ=0.01、λ=0.5\)

次期(今期)の物価水準期待:\( P^e_t=P_{t-1}=400 \)

前期は物価水準は一定の値で安定していたとします。

つまり、今期の物価水準期待は前期のままであるということで、式で表すと、

\(P^e_t=400\)

\(Π=0\)

となります。

しかし今期になって、突然、名目賃金、物価水準が上昇した場合を考えるので、ここでは20%上昇したと仮定します。すると、

\(W_t=1.2*10000=12000\)

\(P_t=1.2*400=480\)

となります。

さて、この状態で来期の物価水準を適応型期待形成((2)の式)に従って予測すると、

\[ \log P^e_{t+1}\\
= \log 400 + 0.5*( \log 480 – \log 400 ) \\
= 2.64… \]

この式から計算すると、\(p^e_{t+1}=438\)となりました。

(端数は省略します。これからも。)

来期の物価水準の予測が、今期の物価水準より小さい事に注目しておきます。

今期の状態をまとめます。

今期の状態

今期の名目賃金:\(W_{t}=12000\)

今期の物価水準:\(P_{t}=480\)

今期の実質賃金:\(W/P=12000/480=25\)

各種定数:\(c=0.5、γ=0.01、λ=0.5\)

次期(来期)の物価水準期待:\(P^e_{t+1}≒438\)

実質賃金は、前期と変わっていません。

しかし、期待変化率Πを計算すると

\(Π=\frac{438-500}{500}≒-0.124\)

となって、約12.4%のマイナスとなります。

つまり、来期の物価水準は今期より安くなると予測されています。

さて、(1)式に基づいて今期と来期の2期に渡る実質賃金を求めてみます。

\(0.5*\frac{12000}{480}+\frac{1-0.5}{1+0.01}*\frac{12000}{438} \\ ≒ 26.05748905…\)

2期に渡る実質賃金は、約26.06となりました。

もしも、物価水準が予測通り変化しなかったら(突然のインフレーションがなかったら)

\(0.5*\frac{10000}{400}+\frac{1-0.5}{1+0.01}*\frac{10000}{400} \\ ≒ 24.88\)

なので、突然のインフレーションによって2期にわたる実質賃金は少し増えています

来期は実質賃金が増える結果となるので、労働供給関数が増加関数である前提を持ち出すと、労働共有も増えるということになります。

こうなった結果は、来期の物価水準を適応型期待形成で予測したところが原因になっていますから、この適応型期待形成がどの程度信ぴょう性あるものかが気になります。

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