Muth[1961]による農産物市場のモデル

現代マクロ経済学

合理的期待形成の含意を理解するために、Muth[1961]による農産物市場のモデルを説明しよう。Muthは次のような部分均衡モデルを考えた。

現代マクロ経済学の「マクロ経済学 新古典派化」

元ネタは、現代マクロ経済学の「マクロ経済学 新古典派化」からです。

この例で合理的期待生成を学習しました。

Muthの需要関数と供給関数

(10)

需要関数
\[D_t = -β P_t (β>0)\]

(11)

供給関数
\[S_t = γP_t^e + u_t (γ>0) \]


\(u\)は供給に対する確率的な攪乱項である。

(12)

市場均衡式
\[D_t=S_t\]

価格\(P_t\)はあらかじめ需要/供給関数を調整し、均衡水準が0になるようにしてある


需要\(D_t\)は当期の価格\(P_t\)に依存するが、供給の意思決定(例えば作付け)は1期前になされるものと仮定する。

すなわち1期の生産期間が存在する。

このため\(S_t\)は、\(t-1\)期の\(P_t\)に関する期待\(P_t^e\)に依存する。


なお供給者が\(t-1\)期に持っており、\(P_t\)の期待形成に利用する情報\(Ω_{t-1}\)はその時点までの過去の価格だとしよう(以下簡単のためΩの添え字t-1は省略する)。

(13)

\[Ω=\{P_{t-1},P_{t-2},・・・\}\]


(10)~(12)式より均衡では

(14)

\[P_t=-\frac{γ}{β}P_t^e-\frac{1}{β}u_t\] 

この式の補足

が成立する。

供給についての意思決定がなされる\(t-1\)期には、\(u_t\)は未だ実現していない。

(15)

\[P_t^e=E[P_t|Ω]\]

だから、(14)式より

(16)

\[P_t^e=-\frac{1}{β+γ}E[u_t|Ω]\] 

この式の補足

である。

\(P_t^e\)が具体的にどのような形をしているかは、攪乱項\(u_t\)の確率的性格に依存して決まる。

例えば、\(u_t\)が全く系列相関(serial corelation)をもたなければ、\(E[u_t|Ω]=0\)だから、\(P_t^e=0\)。

すなわち合理的期待は、攪乱がない場合の均衡価格に等しくなる。

攪乱項が正規分布に従く確率変数の移動平均である場合

以下で\(u_t\)が互いに独立な正規分布に従う確率変数\(ε_t\)の移動平均(Moving Average=MA)である場合について考える。

(17)

\[u_t = \sum_{i=0}^{∞} w_i ε_i\\
E(ε_j)=0\\
E(ε_i ε_j)= \begin{cases} σ^2 & \verb#if# i=j\\
0 & \verb#if# i \ne j \end{cases} \]

この場合の合理的期待\(P_t^e\)は、以下のような手順で導くことができる。

(14)より\(P_t\)も\(u_t\)と同じく\(ε_t\)の移動平均となる。

これを

(18)

\[P_t=\sum_{i=0}^∞W_i ε_{t-i}\]

と書こう。

(18)式の右辺の\(W_i\)は未定係数であり、これからそれがどのようにに決まるかを調べる。

合理的期待 \(P_t^e\)は、\(t-1\)期の条件付き期待値だから、(18)を所与として

(19)

\[P_t^e=E[P_t|Ω]\\
=W_0E[ε_t|Ω]+\sum_{i=1}^∞W_i ε_{t-i}\\
=\sum_{i=1}^∞W_i ε_{t-i}\]

(18)、(19)両式を市場均衡式(14)に代入して\(P_t\)、\(P_t^e\)を消去し、かつ\(u_t\)に(17)式を代入すると

(20)

\[W_0 ε_t+\left( 1+\frac{γ}{β}\right) \sum_{i=1}^{∞}W_i ε_{t_i}\\
=-\frac{1}{β}\sum_{i=0}^{∞}W_i ε_{t_i} \]

がえられる。

(20)式は\(ε_t\)の値に関わらず常に成立しなければならない式、つまり恒等式だから両辺の\(ε_{t-i}\)の係数は等しい。

したがって(20)式の両辺を見比べて未定係数\(W_i\)が、移動平均(17)の係数\(w_i\)の関数として以下のように決まる。

(21)

\[W_0=-\frac{1}{β} w_0\\
W_i=-\frac{1}{β+γ} w_i\\
 (i=1,2,・・・)\]

\(W_i\)が決まったので(18)、(19)より\(P_t\)、\(P_t^e\)も\(ε_{t-i}\)の関数として決まったことになる。

しかし\(ε_{t-i}\)は経済主体にとって直接観察できない。

そこで次に\(P_t\)、\(P_t^e\)を\(Ω\)の元である過去の価格\(P_{t-i}\)の関数として表現したい。

そのために\(P_t^e\)を

(22)

\[P_t^e=\sum_{j=1}^∞ V_j P_{t-j}\]

と書こう。

\(V_j\)は再び未定係数である。

(18)、(19)を(22)式に代入し、\(P_t^e\)、\(P_{t-j}\)を消去すると、

(23)

\[\sum_{i=1}^∞ W_i ε_{t-i}\\
=\sum_{j=1}^∞ V_j \sum_{i=0}^∞ W_i ε_{t-i-j}\\
=\sum_{i=1}^∞ \left( \sum_{j=1}^i V_j W_{i-j} \right) ε_{t-j}\]

がえられる。

この式も\(ε\)に関する恒等式だから、両辺にある\(ε_{t-i}\)の係数は等しくなければならない。

すなわち

(24)

\[W_i=\sum_{j=1}^i V_j W_{i-j} \\
 (i=1,2,3,・・・)\]

が成立していなければならない。

(24)において、\(W_i\)は、(21)にあるとおり、既知であるから、これを逐次解くことにより未知の\(V_j\)を求めることができる。

\(V_j\)がわかれば、(22)より\(P_t\)に関する合理的期待\(P_t^e\)が、過去の価格\(P_{t-j}\)のどのような関数であるかわかったことになる。

\(V_j\)が具体的にどのようになるかは、\(W_i\)、したがって最終的には\(u_t\)の確率過程を決める\(w_i\)に依存する。

w=1の場合

いま各時点のεが\(u_i\)に対して等しく「恒久的」(permanent)な影響を与える、つまり\(ε_t\)の影響がどれほど時間がたっても減少しない、と仮定しよう(\(w_i=1\) for all i)。

すなわち

(25)その1

\[u_t=\sum_{i=0}^∞ ε_{t-i}\]

あるいは

(25)その2

\[u_t-u_{t-1}=ε_t\]

である。

この場合\(u_t\)はランダム・ウォーク(random walk)であるという。

\(w_i=1\)だから(21)より

(26)

\[W_0=-\frac{1}{β}\]

\[W_i=-\frac{1}{β+γ} (i=1,2,3,・・・)\]

となる。

この値を(24)に代入し\(V_j\)を逐次解くと、\(P_t^e\)は、

(27)

\[P_t^e=\frac{β}{γ} \sum_{j=1}^∞ \left( \frac{γ}{β+γ} \right) ^j P_{t-j}\]

であることがわかる。

つまり\(P_t^e\)は過去の\(P_{t-j}\)の加重平均であり、ウエイトは過去に遡るほど幾何級数的に小さくなっていく。

(27)は

(28)

\[P_t^e=P_{t-1}^e+ \left( \frac{β}{β+γ} \right) (P_{t-1}-P_{t-1}^e)\]

この式の補足

を満たすことからもわかるとおり「適応型期待」(adaptive expectations)にほかならない。

すなわち(10)~(12)から成る農産物市場の均衡モデルにおける合理的期待\(P_t^e\)は、供給関数への攪乱項\(u\)が(25)のようにランダム・ウォークであるときには、適応型期待形成となる。

ただし、適応型期待のパラメーター、つまり期待の調整速度\(β/(β+γ)\)は外生ではなく、需要/供給の価格弾力性\(β,γ\)に依存して決まる内生変数であることに注意しなければならない。

訂正情報

教科書の(20)の式の右辺は、ミスプリントがあります。

誤:\[-\frac{1}{β}\sum_{i=1}^{∞}W_i ε_{t_i} \]
正:\[-\frac{1}{β}\sum_{i=0}^{∞}W_i ε_{t_i} \]

「\(i=0\)」が正しいのですが、「\(i=1\)」となっています。

教科書の(24)式にミスプリントがあります。

誤:\(j=1,2,3,・・・\)
正:\(i=1,2,3,・・・ \)

「\(i\)」が正しいのですが、「\(j\)」となっています。

コメント

  1. […] Muth[1961]による農産物市場のモデル の補足です。 […]

  2. […] Muth[1961]による農産物市場のモデル の(16)式に関する補足です。 […]

  3. […] Muth[1961]による農産物市場のモデル の(28)式に関する補足です。 […]